ほぼうさ’s diary

ロジカルオシレーターほぼうさのブログです

幽霊に憑かれた音楽

ぼくはここ数年、バンドや楽器をやるときは必ずピアノを弾いていた。ドラムに手を触れる機会はほとんどなく、このままもう一生やらずに生涯を終えるのだろうと思っていたので、突然にgroovynameで篠田さんに誘われることになって正直驚いている。篠田さんとは元々対バンもしていたし、シンセで一緒にバンドをやったこともある。つまり、彼の知る限りのぼくはピアニストとしてのほぼうさ、であった。ところが、彼は一度もぼくのドラムを聴いたことがないにもかかわらず、唐突にぼくをドラマーに指名してきたのだ。これは賭けやギャンブルにも似た危険な行為である。もはや蛮勇…英雄的行為としか言いようがない。しかし実際には、彼の賭けは正しい選択だった。篠田さんはギタリストでボーカリストだが、同時にピアノも弾くことができる。どうやら、そのような複数の楽器をプレイする人間をかぎわける、嗅覚のようなものを兼ね備えているらしいことが今回明らかとなった。


と、前置きの導入はさておき、ピアノを弾いているときのぼくは、コード(和音)とメロディ、そして楽曲(作曲)のことしか考えてなかったと言える。正直に言うと、ほんとうにリズムのことなどはほとんど頭になかったとここに白状する。しかしあらためてドラムという楽器を演奏してみると、そこにはコードもメロディもない、という単純な事実がたちどころに理解される。だから、ドラムという位置に座った時点で、ぼくは否応なく「リズム」や「グルーヴ」のことに向きあわざるをえなくなった。


そこであらためて問えば、グルーヴとはそもそも何なのであろうか?この言葉はひどくあいまいな意味の単語である。「彼のプレイはグルーヴィだね」というとき、それはメトロノームに対しリズムが正確であるとか、他の楽器の演奏とタイム感が合っているとか、必ずしも個別具体的なことを意味しているわけではない。メトロノームの位置に対して著しくずれていてもグルーヴすることだってあるし、伴奏楽器がなくても単体でグルーヴ感を生み出すこともあるだろう。思えば、リズム感とは本来、シビアなタイム感覚を要求されるきわめて高度な技術である。そう教えられてきたし、実際に演奏してみて、いつもそのように痛感している。しかしぼくたちはそのシビアさとは全くうらはらに、「グルーヴ」というひどくあいまいな表現によって、リズムの価値を評価していることになっている。
ぼくたちは例えば、ジミヘンドリクスやジェームスブラウン、ジャクソン5を聴くとグルーヴを感じる。同じように、ライブハウスで卓越した技術のミュージシャンの演奏を聴いてもグルーヴを感じるだろう。だんだんと裾野を広げてゆけば、生のバンド演奏はジャンルを問わず、おおむねそのように感じると考えてよい。HipHopは…というと、海外はともかく国内アーティストは微妙なラインである。だがしかし、ドラムマシンによる打ち込み音源で構成されたアニメソングの主題歌や、カラオケをバックに大部分を口パク演奏するアイドル歌手たちの曲を聴いて、グルーヴを感じるという人はおそらくいまい。


歴史的に言えば、18世紀から19世紀のクラシック音楽におけるオーケストラには、グルーヴと呼ばれるものはなかった。それは単にリズムと呼ばれていただけである。時代が下り、1920年代からアメリカで沸き起こったジャズムーヴメントでは、それは「スウィング」という別の呼称で呼ばれた。著名なジャズピアニストであるオスカーピーターソンは、演奏する際に「スウィングしなけりゃ意味ないじゃん」ということを繰り返し言っていたらしい。ここで彼が述べていた「スウィング」の使い方は、現代のぼくらの感覚でいう「グルーヴ」とほとんど一致している。
ぼくが大学生のときに見た、スティーブジョーダンという伝説的なドラマーの教則ビデオがある。そのビデオの中で、彼は繰り返し何度も「『グルーヴ』とは『ポケット』のことなのさ」と述べていた。そのビデオはさらに、単純なドラムの指導だけにとどまらず、ジョーダン氏の先輩にあたる伝説的なドラマーやベーシストにも同様のインタビューを実施していた。だが驚くべきことに、ほとんどのミュージシャンがグルーヴをポケットだと表現していたのだ。


「グルーヴ」は「ポケット」…。つまり、楽曲の流れの中にはリズムの穴のようなものがいくつかあいており、完全で正しい「ジャストタイミング」の演奏を行えば、その「ポケット」にすっぽりハマる、という意味である。なるほど、たしかにそれは理論上まちがっていない気がする。ぼくたちは未熟であるが故に、そのポケットの位置を見つけることができない。グルーヴするとは、血のにじむような訓練の積み重ねによって、その完全に正確な位置に到達し、至上のリズムを生み出すことなのである。


とはいえ、この説は実は、その後の科学技術の発展によっておおきく覆されることとなる。どういうことか?

先の例にも挙げたことだが、ぼくたちは1980年代から、電子音の組み合わせを時系列順にプログラムし、一定の速度で鳴らすことのできる装置を手に入れた。当初はこれを「リズムマシン」や「ドラムマシン」などと呼んでおり、その装置にあらかじめ音の順序を入力していく作業を「打ち込み」と呼ぶようになった。当初は簡単な16小節くらいのループしか構成できなかったが、次第に大掛かりな「ミュージック・シーケンサー」などを使用することで、徐々に本物のドラムを代用しうるレベルにまで達していった。現在の「ドラムマシン」及び「打ち込み」は、パソコンと高レベルな波形編集ソフトを組み合わせることにより、ドラムを鳴らした音とほとんど見分けがつかないような音質で、あたかもスタジオで生ドラムを叩いたかのようなプレイが、ソフトウェア上でいとも簡単に再現できるようになっている。
つまり、ひと昔前には人間の身体上の限界によって再現できなかった「完全で正しいタイミングの演奏」=「ポケット」は、科学技術の発展によって容易に達成されうる状況となったのである。さて、これで準備は整った。ぼくたちは、ポケットの位置を探らずとも、電子的な計算により、理論的に間違いのない場所に音を入れこむことができるようになった。あとはその「ポケット」に高品質の音を入れるだけで、世界はグルーヴに富んだ音楽で満ち溢れるユートピアが来る…少なくともそうなるはずだった。
しかし、現実に訪れた世界はまったく逆の世界だった。テレビではカラオケをバックにアイドル歌手が口パクを歌い、3人組のチンピラみたいな男たちが安っぽい恋愛をテーマに応援ソングと称した謎の曲を歌う。スーパーマーケットの買い物のバックには、ボーカルメロディにも電子音をあてたチープな打ち込み音楽が流れる。いまぼくらが生きているのは、ありとあらゆる場所で音楽がグルーヴを失ったディストピアに他ならない。

「グルーヴ」は言語化できない。そして、高度な計算処理能力を備えた装置によっても再現できない。それは、目で見、手に触れることができる経験的な「この世界」を、こえるなにかである。そのように理解すると、グルーヴのことを考えることは「慰霊」や「霊魂」のことを考えることに似ている。


いささか飛躍しすぎただろうか。本稿ももう少しで終わるので、「は?霊魂?」と思われた読者も、もう少し付き合ってほしい。
霊魂などは存在しない…いまのぼくたちは、少なくともそう考えている。ところが、アニメーションスタジオの凄惨な放火殺人のことや、台風19号の甚大な被害、そして親しい身内が亡くなったときなどには、ぼくたちはどうしても「慰霊」や「追悼」のことを考えざるを得なくなる。そのような時、ぼくらはほんとうには存在しない霊魂…「この世界をこえるなにか」について夢想し、それを実体化したいという欲望に駆られてしまう。
同じように、音楽をただ消費する一般の聴取者は、リズムについて深く考えることはしない。むしろグルーヴのことなどはこの世に存在しない面倒なものだと思っていることだろう。しかし、音楽を愛する人がアーティストの楽曲を聴くときや、ミュージシャンがライブで実際に演奏をするとき、ぼくたちは可視化されえぬグルーヴについて考えざるを得ない。このように考えると、演奏にグルーヴを与えるとは、「この世界をこえるなにか」を、演奏者の手によって実体化しようとする行為だと言えないだろうか。


そもそも人間は、本能的に「この世界をこえるなにか」を実体化してしまう生き物なのである。だから、それは容易に神秘化してしまうし、原理上、オカルトによる汚染を免れえない。実は、これこそがもっとも大きな問題であり罠なのだ。
ぼくは脳科学者の茂木健一郎が、ニコニコ動画の生放送番組で「おれは音楽だと、セカオワが好き!」「やっぱり、グルーヴなんだよね!」と語っていたのを見たことがある。言うまでもないことだが、セカオワのメンバーにはドラマーがいない。リズムに使用しているのは打ち込みのリズムトラックである。いくら「知ったかぶり」とはいえ、どうして茂木氏がこのような見当違いの発言をしてしまったのか…、ぼくは今なら理解できる。茂木氏はセカオワの音楽をきちんと鑑賞する前に、その神秘化されたイメージを先に受け取ってしまった。だから、彼らの音楽にオカルティックな幻想を見てしまい、それを「この世界をこえるなにか」=「グルーヴ」と呼んだのである。

 

実は、音楽にはリズムもグルーヴもなく、ただそこに規則的な音の配列がある…と考えたほうが正しい場合もある。事実、いま世界はそうなっている。わが国日本に溢れる音楽の大部分は、リズムトラックから生ドラムを抜き去り、「打ち込み」を使用している。そのほうがドラムをわざわざスタジオで録音するよりも、ドラマーに払う人件費もスタジオの使用料もかからないので、経済的にきわめて合理的だからだ。低コストで高付加価値の製品がリリースできることでお金が儲かり、儲かったお金で人々は幸せになれる。グルーヴのような「あいまいなもの」を考えないほうが、世界は遥かにうまくまわるのである。


音楽にグルーヴがないほうが、人々は幸せになれる。それは正しい命題だ。しかし、そのように割り切って納得できないのが、人間であり、ぼくたち音楽を愛する者たちなのだ。ぼくはこれからも、そのような「世界をこえるなにか」について常に考え続けていきたいし、それこそがぼくたちミュージシャンの存在意義だと思っている。

世界とその外部

唐突に1990年代の話を始める。GLAYは『彼女のModern…』の中で、「君のS.D.R.(セックス・ドラッグ・ロックンロール)」と歌った。実は『彼女のModern…』は、ぼくがこのS.D.R.という表現を知った最初の曲でもある。あまりに不自然な単語が登場したので、慌てて英字辞書を引いた記憶もある。

 

この単語の語源には諸説複雑な背景があるものの、指し示すところは「従来の価値観の外側にある、頽落的ユートピア」に他ならない。要約すれば、1)親との間で決められた相手と結婚するなんてまっぴらだし、そもそも家族という形態に縛られたくない(フリーセックス)。2)アルコールよりも意識を広げて、従来の宗教(キリスト教)よりも高い瞑想状態に、合理的に到達したい(ドラッグ)。3)伝統的なカントリーやフォーク音楽じゃなく、へたくそでもみんなが一緒になれる気持ちいい音楽の中でトリップしたい(ロックンロール)。という3つの新しい価値観の組み合わせである。

結局、人類は(というか、ヒッピー文化は)、このような当初掲げた高い目標を達成できなかった。人間はより自由な存在になるはずが、大量の婚外子、薬物中毒患者を生み、不自由な世界を生きることとなった。しかし、ロックンローラーは人々のあこがれであり続けた。

 

ぼくを含む、多くの一般リスナーにとって、ロックンローラーが生きている世界は、一般社会からかけ離れた縁遠い世界である。それは90年代も変わらなかった。ロックンローラーは自室でドラッグに耽り、ハイになった状態でライブをして、ライブ後は女にモテまくりで毎日セックスをする。そのような異端者は、規則や慣習や法律で縛られたこの世界を超えた「外部」として存在し続けた。

ロックンロールとロックンローラーがなぜ人気だったのか。それは、彼らがこの世界の「外部」であり、ぼくらにその外側の景色を見せてくれたからだ。ぼくらは退屈でどうしようもないこの世界の「内部」に心底うんざりしながら、そこから解放される「外部」のことをずっと夢見てきた。そしてロックを聞くと、一瞬でも自分が外側に出られたような錯覚を得られたのである。

 

ところが時代は下り、2010年代後半になると、ぼくたちはロックンローラーという「外部」を必要としなくなった。結婚していながら芸能人と不倫をした川谷絵音さんはライブのステージ上で深々と頭を下げ、謝罪をした。ピエール瀧さんはコカインを、KENKENは大麻を使用した容疑で逮捕された。ピエール瀧さんは当時結んでいたCMの契約がすべて破棄となり多額の慰謝料を請求されていると見られ、今後は首を垂れ続ける生活を余儀なくされると思われる。

GLAYがあのとき歌った「セックス・ドラッグ・ロックンロール」がまだこの世界に生きていたら、彼らはこのような社会的制裁を受けなかったはずである。例えば、井上陽水が薬物によって逮捕されたことは、ファンの間ではむしろ勲章でさえあったことを思い出して欲しい。しかしSNSで彼らが永遠の謝罪を要求されるこの世界は、「セックス(川谷絵音)」、「ドラッグ(ピエール瀧)」、そして「ロックンロール」がぼくたちの憧れではなくなり、ゆえにこの世界の「外部」になることはできず、機能不全を起こしていることを意味している。

 

しかし本来、人間は人間である限り、その「外部」をかならず必要とするはずである。そして音楽は、いままでもこれからも、この世界の外側を体験させる機能を原理的に持っている。だからぼくたちミュージシャンは、従来の「セックス・ドラッグ・ロックンロール」に頼らない形で、リスナーにその「外部」を体験させる装置を考えなくてはならない。

 『彼女のModern…』から25年近く経った今、ぼくはModernな彼女がいなくても音楽が生きていけるような方法について、真剣に考えている。

慰霊と追悼

先日、ぼくの父方の祖母が亡くなった。97歳で、もう6日生きていれば98歳だった。死因はパーキンソン病による認知症の合併症と、それに伴う身体機能低下であったが、大変な高齢だったので、立派な大往生と言ってもいいと思う。

 

ぼくは小学生の頃、祖母のことが大好きだった。葬儀の際にはじめて聞かされたことだが、祖母もぼくのことをほかの孫たちに比べて特別に溺愛していたらしい。当時は両親が共働きで、祖父母とともに暮らしていた。母親が働きに行っている間は祖母と二人きりになることが多く、彼女はひたすらぼくを甘やかした。実は小学生までのぼくは本当にバカで頭が悪く、他の子どもとまともにコミュニケーションが取れなかったため、通知表はオール1の成績だった(おそらく、現代医学のガイドラインに照らせば、間違いなく発達障害になると思われる)。しかし、祖母はそんなぼくをかわいいと思い、勉強なんかできなくても、クラスになじめなくても、そのままでいてくれればいいと本気で思ってくれていた。

 

ところが、これはどこの家にもよくあることだが―、祖母は母と折り合いが悪く、しばしば対立していた。きっかけは同じ台所に女が二人も立つなというような些細なケンカだったかもしれない。しかし、二人は特にぼくの教育方針をめぐって対立するようになった。
母は合理的な考え方の持ち主で、なおかつ過激な人だった。ぼくのように頓馬で愚図な男は、厳しくしつけをして普通と同じレベルに追いつかせないと後々ダメな人生を歩むことになる、と強く危機感を持っていた。集中力がない態度をすれば怒鳴られ、小テストで0点を取るときつく絞られた。一方、祖母はぼくに集中力がなくても、0点をどれだけとっても、ぼくがありのままの姿でのびのびと成長することを望んでいた。
結局、二人の仲違いは解消されず、父親は祖父母の家から遠く離れた田舎に家を買い、別々に暮らすことを決めた。これも葬儀の時に初めて聞いたことだが、このとき祖母はぼくと離れるのが悲しくて、ほんとうに号泣していたらしい。

 

その後、ぼくは母の厳しいしつけにも耐え、中学生になると某予備校の全国模試で1位を取ったりするようになる。結果的に言えば、確かに母のしつけは正しかった。もしぼくがあのとき、祖母の言う通りのびのびと甘やかされていたら、今ごろは無職の中年男性ひきこもりとなっていただろう。もちろん、結婚することもできなかったと思う。しかしぼくは一方で、普通の子供であれば成長するうえで本来受け取るはずの「そのままの自分で生きていいんだよ」というメッセージを得られないまま、ゆがんだ形で大人になってしまった。
例えば、ぼくは高校生になると、あえて勉強することをやめて、わざと成績を落としたりするようになった(その後の人生でもぼくは突発的に暴走したりしているので、そのあたりの起源もここにあるかもしれない)。さらに高校3年生の5月には、文化祭の出し物で演劇をやろう!と盛り上がっていた際に「ていうかオレ、最短コースで大学に合格するためだけにここに来てるんで、そんな無駄なことやりたくないんだけど」と言ってクラスをシーンとさせ、1年間ほとんど誰からも口を聞いてもらえなくなったりもしている。こういったエピソードを交えると、母のしつけも実際にはあまりうまくいってなかったことがわかっていただけるだろう。ぼくは典型的な「入試の成績がそこそこ良いだけの、ただの痛いやつ」になってしまっていたのだ。

 

結局、15年前、ぼくがまだ大学生のときに母は亡くなってしまった。母はぼくに学歴という翼を与えてくれたし、後々それが仕事に繫がって働くことができるという最高の環境を用意してくれた。しかし、道半ば逝去してしまったせいで、ぼくは「ありのまま、そのままの自分が愛される存在なんだ」というメッセージを得る機会を永遠に失うことになる。
そこからの数年間は、ぼくにとって思い出したくもないほど過酷な日々だった。ひどく貧しくて、100円ショップのウエハースだけで1日を凌いだこともある。夜の公園や、ネカフェを寝床に渡り歩いたことも幾度となくあった。ぼくは、どうして自分がこんなに苦しいのかわからなかったし、周りの人たちがどうしてあんなに順調な人生を送っているのか、そのからくりが全然わからなかった。ぼくはなんとなく、それを社会のせいとかお金のせいとか、若気の至りで無茶をした報いを受けたんだとか、または単純に運が悪かったというふうに思い込んでいた。

 

意外な答え合わせの機会は、母の死後15年経った、祖母の死によって訪れた。ぼくは祖母の葬儀の場で、彼女がぼくをどれだけ愛してくれていたかを知ることができたし、また、今まで忘れていたそのことをはっきりと思い出したのだった。


母がぼくに与えてくれたのは、この資本主義という戦場で勝っていくための道具と力である。他方、祖母がぼくに与えようとしてくれたのは、ぼくという人間存在そのものの大切さと、人間を愛し信頼することの大切さだったのだ。この違いは端的に、「理系的←→文系的」と言い換えてもいいと思う。
人間は、この社会の中で仕事をし、食べ物を得なくては生きていけない。それが母のメッセージである。しかし同時に、人間は人間を愛し、信頼し、許していかなくては生きていけない。祖母はぼくに、それを教えてくれた人だった。そして、ぼくは人生も折り返し地点を過ぎた今になって、ようやくそのことに気づいたのだった。
(これは、母の育て方に愛が足りなかった、という単純な話ではない。母は母としての息子への愛ゆえに、ぼくをきちんとした人間になるよう導いてくれた。だからぼくは無職中年男性ひきこもりにならずに済んだのだし、その愛の深さはもう本当に、感謝してもしきれないことだ。)

これから先、ぼくがどうやってその思いを引き継いでいけるかわからない。まずは、ぼくなりに、ご冥福をお祈りする。

ドラゴンクエスト、その後

前回ドラゴンクエストⅤの映画版に関する投稿をして以来、実はDS版のドラクエ5を購入しており、現在はふたたびクリアを目指して鋭意プレイ中である。以前はざっくりと広い概念である「天空の勇者」について考察していたが、今回ドラクエ5をあらためてプレイしたところ、もっと個別具体的な、より個人的な感想が湧いてきたので、それを短く記す。
思っていた通り、『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』では嫁選びイベントに1/3程度の時間を費やしていたのだが、実際にゲームをプレイしてみると、嫁選びイベントはわずか一瞬の出来事で終了する。どちらかというと、少年時代におけるビアンカとのレヌール城攻略のほうがイベントとして長尺である。きっと堀井氏も「まさか後世においてこんなに議論になるなんて思わなかった…」と思っていることだろう。


一方、映画では手短にしか触れられていなかった主人公の属性「まものつかい」のほうが、ゲーム内でははるかに重要な位置を占める。主人公は、ダンジョンの攻略やボスの制圧において、かならず仲間モンスターを連れていかなければならないような難易度に設定してある。モンスターを仲間にせずともクリアはできるだろうが、ゲームバランスが崩壊してしまう。


仲間モンスターの素晴らしい点については枚挙に暇がないが、特に優れているのは「めいそう」「はげしいほのお」「いてつくはどう」といった「特技」である。通常、人間プレーヤーでは、例えばベギラゴンを使うとその代償としてMP(マジックポイント)を消費する。ボス戦のみの使用ならばそれでもかまわないが、長いダンジョンを攻略する際にはそのMP切れのリスクと常に格闘しながら、やりくりしていかなければならない。
しかし一方、モンスターであれば同程度の「はげしいほのお」をMP消費なしに、つまり何の代償も必要とせず無制限に繰り出すことが可能だ。「めいそう」は同様に、無制限に自己の体力を全回復することができる。これは恐るべきことであり、同時に、ある種のバランスブレイカーのような存在でもある。これは次のように言い換えることもできるだろう。邪悪な魔物を自らの仲間に引き入れるとは、つまり代償なしの高威力高破壊魔法を無制限に使用できることにより、ゲームバランスを一時的に揺るがすことに他ならない、と。


RPGは基本的にHP、MPと、それを代償にした相手へのダメージ量をパラメーターとしており、『ドラクエ5』のように「まものつかい」になることによってそのバランスを揺さぶるような発想は、それまでのRPGではあまりなかったはずである。他方、ぼくらは「モンスターを仲間とし、それを手札(カード)として攻略していく」というコンセプトのゲームを既に知っている。『ポケットモンスター』である。むしろ、「まものつかい」が強力なモンスターを仲間とすることでバランスをとっていくゲームとしては、圧倒的に『ポケモン』のほうが有名であって、『ドラクエ5』がモンスターを仲間にする要素を持っていることは忘れられがちだ。
しかし、両者の間にはリリースした時系列に微妙な差がある。実は『ドラクエ5』のリリースが1992年なのに対し、『ポケモン』のゲームボーイ版がリリースされたのは1996年のことであった。重要なことは、のちに『ポケモン』を生み出す想像力の源泉が、すでにこの『ドラクエ5』の中に眠っていたということである。そういえばスライムもホイミスライムも見た目はかわいい。序盤は弱っちょろいが、進化しなくてもレベルを上げれば高度なとくぎを習得してくれるので、育てればその後のボス戦をクリアするのに有利になったりする。のちにピカチュウイーブイという形で具現化する、この想像力は、既に『ドラクエ5』が恐るべきクオリティで実現していたことになる。


これは次のように言い換え可能でもある。ぼくらはRPGをクリアするとき、絶対的な武力で敵を制圧する「総力戦」の図式で考えがちであった。だが、実際には『ドラクエ5』の「まものつかい」では、戦うボスの弱点に合わせて味方のモンスターを効果的に入れ替えながら戦う図式に変わっている。前者を『ドラゴンボール』的世界観と例えた場合、後者はのちに『ジョジョの奇妙な冒険』におけるスタンド戦闘や、もっと露骨に言えば『遊戯王』が実現する「カードゲーム」の考え方そのものである。
相手の強い手札に真っ向勝負を仕掛けるのではなく、相手の技のくせや特性、そして弱点などを鑑みながら、そこを効果的に突いていける手札をこちらも差し出す。『ドラクエ5』のモンスターバトルには、のちに様々な形で華開く「カードゲーム的」世界観の萌芽がすでにうまれていたのである。

『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』が大コケした話

ドラゴンクエスト5の映画化作品である『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』を観てきた。ご存知の通り、この作品は途中までうまくトレースしていたゲーム原作のストーリーを、終盤の「ひっくり返し」によってラジカルに破壊した映画として話題になっている。ドラクエファンの怨念は極めて深く、例えば、eiga.comのようなウェブサイトにいくと、「悲しさと憤りで許せなく、このレビューを投稿するために会員登録しました」といった心のこもったレビューを見ることができるし、映画の平均点はなんと5点満点中2.1点という驚くほど低い点数であることも確認できる。

 

ぼくも上映開始翌日に見て、全体として完成度は申し分なかったものの、やはり彼らの感想と同じく、ラストの締め方は唯一褒められないと思っていた。クライマックスにおいて、突然に魔王ミルドラースが「仕組まれたウイルス」であることが判明し、主人公リュカが実は「VRによってゲームの世界を楽しむプレーヤー」であったと明かされる。繰り返しになるが、この締め方は褒められない。なぜならそれは、「…という夢を見ていたノサ」という「夢オチ」と構造的に変わらないものだし、SF系映画の界隈では「実はVRでリアルなゲームを楽しんでいましたとさ」は「実VR」と呼ばれるくらい「有名なひどい終わり方」のひとつである。これがにわかに信じられない方は、例えば『トータル・リコール』などの近未来SF作品を観ていただければすぐに理解できると思う。


つまり単純化して言ってしまえば、今起こっている『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』論争なるものは、「夢オチってアリだと思う?」「ないわー」「いや、オレは評価するけどネ」を延々と繰り返しているに過ぎない。

例えばこんなの↓
【ネタバレあり】『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』論争巻き起こる作品構造を読み解く
https://realsound.jp/movie/2019/08/post-400786.html

「作品構造を読み解く!」と息巻いてみせても、結局は「夢オチ」や「実VR」の是非を、自分の感覚に引き付けながら無理やり正当化せざるを得ないのである。これは一言でいうなら、「不毛」そのものではないか。
…とまあ、以上のような状況であるから、逆にぼくは不毛な二項対立から離れた場所から、もう少し違った形でドラクエについて熱く語ってみたいと感じさせられた。

 

ぼくが『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』のひどいラストを観ても冷静でいられたのは、ぼくにとって『ドラクエ5』が、さほど思い入れのある特別な作品ではなかったからである。『ドラクエ5』はスーパーファミコンではじめてリリースされたドラクエシリーズである。だが一方、スーパーファミコンという新しいハードウェアが発売された当時のエニックスは、ファミコンで前作『ドラクエ4』をリリースしてからまだ日が経っていなかった。ドラクエはその開発期間が非常に長く取られている作品として有名であったため、その発売時期は新しいハードウェアのリリースに対しかなり遅れての登場になってしまっていた。つまり、『ドラクエ5』のリリースは若干の「機を逸した感」が否めなかった。


ぼくはどちらかというとファミコンの『ドラクエ4』のほうが好きであり、それこそ何十回もクリアしている。だが、『ドラクエ5』以降、ぼくは段々と「ドラゴンクエスト」という世界観そのものに飽きはじめていた。一例をあげるなら、『ドラクエ5』の突然の「結婚しますか?はい/いいえ」に巻き込まれる世界観よりは、お互い惹かれあいながらも最終的に結ばれたかどうか微妙に明言されない、「ロック」と「セリス」の恋愛の駆け引き(ファイナルファンタジー6)のほうにリアリティを感じるようになっていた。だからここから話すことは、あくまで『ドラクエ5』をプレイはしたものの熱中することがなかった少年が、大人になって単なる感想を書き込んだものに過ぎないことを、最初に断っておく。

 

それでは改めて、ドラゴンクエストについて考えてみる。『ドラクエ5』の世界観を支える「天空の勇者」とは一体、どういうことなのだろうか。実は、ドラゴンクエストシリーズにおいて「天空の勇者」という概念が初めて登場したのは、前述の『ドラクエ4』が初めてである。それまでのドラクエは、徹底して「伝説の勇者」というキーワードが支配していた。伝説とはつまり歴史のことでもあるし、「天空」の比喩に対比すれば「大地(地球)」とも言える(実際に『ドラクエ3』では火山の穴の奥深くに存在する地下世界を攻略するので、この対比は正しいはずである)。ようするに、「天空」が現れるまでの勇者とは、歴史を紡ぐ英雄譚の中にあり、その歴史の反復こそが魔王を倒す勇者一行の物語になる、という構図を取っていたのだった。


ところが、「天空の勇者」はそのような、この大地で人間たちが紡いできた英雄譚の伝説を必要としない。地上人が決して交わることのない「天空人」が、単なるきまぐれで地上に遣わされたときに宿す子供…それこそが「天空の勇者」である。少しでも文学や社会学に詳しい人であれば、あきらかにこの「天空の勇者」がキリスト教における「イエスキリスト」の設定をなぞっていることをわかっていただけると思う。「天空の勇者」シリーズは、天空人の血縁者が、地上に降りることで奇跡を起こし、世界を救う話だ。それはまさに、神の子イエスが、救世主(メシア)として遣わされることの変奏曲なのである。

 

ドラゴンクエストシリーズにおいて、天空の勇者がイエスキリストであったことを述べた。ところでもうひとつ、「天空」の概念が導入されると同時に、ドラクエの主人公にはひとつの重要な変化が生じていることも見逃してはいけない。それは「主体」の物語の生成である。
ドラクエ3』までの主人公(勇者)は、自らストーリーを語ることはなく、他者の語りかけに「はい/いいえ」で受動的に答えるだけの自動機械のようであった。その「主体」は、大げさにいうのであれば人格ももたないし歳もとらない、そして性別もなかった。一言でいえば、その人物像の「設定」や「人生」、「物語」というパーソナリティを記述する情報がおおきく欠落していたのである。このような「一部欠損状態」の主人公に、人格と人生、物語を与えることとなったのは、まぎれもなく『ドラクエ4』以降の「天空の勇者」の設定である。例えば『ドラクエ4』の主人公は、天空人であるがゆえに幼馴染を殺され、冒険の果てに自らの故郷と母を知る。『ドラクエ5』の主人公は、天空人である母を奪われ、父を失いながらも、最終的にはわが子が勇者となる親子三代の物語である。

 

初期ドラゴンクエストシリーズ「伝説の勇者」は、主人公の人格に大きな欠落を抱えていた。その穴を埋め、人間性を回復することができたのは、「天空人」や「天空の勇者」という想像力であった。「天空の勇者」は、天空人の一族の血縁の物語でもある。勇者であるかどうかは、基本的には血筋が決定し、勇者はキリストの再来と考えられた。しかし他方で『ドラクエ5』においては、まったく偶然に、自分が勇者の父親であることが告げられたのである。勇者はある日突然、偶然に姿を現す。しかし勇者は、勇者をはぐくむ共同体(家族)がなくては生きてはいけない。だから「天空の勇者」の物語は、じつは「家族」について語る物語でもある。


どうしてぼくがドラクエの「家族」性に注目したのか。それは2010年代頃から、どういうわけかぼくたちは、「家族」について語るアニメの類を徐々に失っているという背景がある。例えば『ドラゴンボールZ』は「サイヤ人」という血縁による物語と、悟空の息子たちとの物語である。『機動戦士ガンダム』のシャア・アズナブルはジオンダイクンの息子で、アムロ・レイも技術者ティム・レイの息子であった。『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジも、父ゲンドウの組織の中で苦悩し格闘する。
他方、いま流行っている物語「異世界転生モノ」であるが、基本的には「どこにでもいる平凡で家族のいない俺が死んで異世界にいった」という構造を取る。そこには、親交を深めて疑似家族のようになる例も描かれたりはするものの、血縁関係による家族の物語がない。ぼくたちは大人になるにつれて、ドラクエを楽しむ心を単に失ったのではない。むしろ、時代が物語から「血縁」「家族」を奪い去ってしまったのだ。

 

ここから強引に最初の話に戻そう。2019年の現在において、「天空の勇者」の物語を復活させるのは容易ではなかったはずである。それは、単に「中年男性の思い出の再構築が難しい」という技術的な問題だけではない。その困難は、いまぼくらが生きている時代が、「天空の勇者」が本来持っていた「神秘性」「血筋と血縁」「家族の物語」の失効してしまった時代であることと密接にかかわっている。
そういうわけでぼくは、いい脚本を書くことができなかった監督一同には失望を禁じ得なかったが、ある意味で不憫だったなと感じている。

『天気の子』最速レビュー

最速、って言ってみたかっただけ。

 

『天気の子』という、新海誠監督の最新作映画を見てきた。この作品のあらすじや、トータルとしてどういう評価を得ているかという概要については、例えばeiga.com的なウェブサイトに行けばいくらでも見ることができるので、有用な情報を得たい方はそちらを訪ねていただければと思う。ぼくはここでは前作『君の名は。』との比較において、『天気の子』を見た感想をつらつらと書いていくだけである。

 

まず、新海作品を語るためにはある単語を整理しておかなければならない。それは、今回の作品でも話題になっている「セカイ系」というキーワードである。セカイ系とは、「ぼくと君との恋愛感情をめぐるちいさな人間関係」が、いつのまにか世界の運命に直結しており、「世界の危機」「この世の終わり」というおおきな問題に突き当たる物語群を指す。例えば『君の名は。』では、平凡な10代の男の子が別の女子高生と体の入れ替わりを体験し、「ぼくと君だけのちいさな人間関係」を作り上げるが、その二人だけの関係はいつのまにか隕石落下による未曾有の大災害という「世界の終わり」に結びついてしまう。二人は神さまの力を借り、時空の結び目という特殊な回路を用いて、失われた世界を救いだすことに成功する。
大まかにいえば、高橋しんの『最終兵器彼女』もそうであるし、『涼宮ハルヒの憂鬱』もそういう構図を持っている。今に至るまで、数百を超える作品がこのような「きみとぼく」と「セカイの終わり」を直結させて描いてきた。ところが、『天気の子』は、この従来の「セカイ系」という呼称が当てはまらない可能性がある。

 

『天気の子』は確かに、平凡な家出少年「ほだか」が、晴れ女の「ひな」とちいさな恋愛をし、二人だけの狭い人間関係をつくり上げる。そして一見、ストーリーは「長く降り続ける異常気象の雨」という「セカイの終わり」に直接結びついているように見える。
しかし今回、実はそれは逆転しているのだ。『天気の子』において終わるのは、世界ではなく「ひなの命」のほうである。異常気象で雨が降り続くこと、それ自体が自然の摂理を意味し、つまり世界は「あるがまま、そうあるもの」の状態である。さらに、物語上、実は東京も滅んでいない。言い換えれば、世界はまったく終わっていない。ひなの命だけが、晴れを願いすぎたことによって一方的に終わってしまったのだ。

 

ストーリーの流れをもう一度、おおまかに整理しておくと、次のようになる。
家出少年ほだかが異世界東京の日常に迷い込む→晴れ女ひなが雨を止ませ、その反動のように雨が降る。ほだかは少しずつ、「日常の中の非日常の世界」を目撃するようになる→拳銃をぶっ放したほだかがポリ公に追われ、ひなの体が透明になる。完全な非日常タイムに突入する→ひな、逝く→ほだか、走る(24時間テレビのランナーのように、応援されながら)→鳥居の向こうの「神的世界」から、ひなを連れ戻す→日常に戻る→世界は平凡な日常だけど、「あの体験をしたぼくら二人にとっては、世界の形は決定的に変わってしまったんだ!」(他の人には世界は「あるがまま、そうあるもの」として見えてるのに)

 

さて、非日常的な体験をしてしまうと、日常そのものが大きく変わってしまうことはよくあることである。例えば、ぼくは去年の12月にグアム旅行にいってきたが、グアムという異世界を体験すると、しばらく東京での生活というのが寧ろ「異常な体験」に思え、世界の形が変わってしまったように感じた。同じように、この「非日常を体験することで、日常の形が変わって見えること」というのは、映画のネタとして実に頻繁に扱われるモチーフである。ペットたちが飼い主の留守中に大冒険をして、日常生活に戻ってくる『ペット』などは、まさにその典型だと考えて欲しい。つまり、ここでぼくが言いたいのは、新海誠監督の最新作『天気の子』はもはや「セカイ系」から遠く離れ、むしろ一般的なエンタメ映画へと着地した、ということである。

 

今まで見てきたように、『天気の子』は定義上、「セカイ系」と呼べなくなった。そこには単純なヒロインの命の危機と、それを乗り越えた男女の恋愛があるだけであった。しかし実際には、『天気の子』は「セカイ系作品の真骨頂!」などと世間的にレビューされている。
ここでぼくが注目したいのは、「セカイ系でなくなったにもかかわらず、ぼくたちがこの『天気の子』をセカイ系だと思ってしまう」ことだ。新海誠はきっと、そこを狙ったはずだ。彼はシナリオを「セカイ系」から、ただのエンタメ映画に巧妙にズラして見せた。にもかかわらず、ぼくたちはそこにあたかも「ぼくと君」と「世界の終わり」が直結しているかのように錯覚してしまう。この作品は、きわめて綺麗な風景の映像とともに、まるで二人が世界の運命を握っているかのように、ぼくたちの認識が誤作動することを仕組んだのである。

誰かと思えばKenkenでした

誰かと思えばKenkenでした。
「Dragon Ash」メンバー、大麻所持容疑で逮捕
https://www.asahi.com/articles/ASM7N21LCM7NUTIL001.html
大麻だと何となくわかっていたが、拾ったもの」←NEW!!

 

Kenkenはもう既に10年以上、若手ベーシストのカリスマとして君臨し続けている。主な所属バンドは「RIZE」だが、どちらかというとベーシストのいないバンドやシンガーソングライター、アーティストのサポートをすることが多い。「きれいなロン毛と激しいステージパフォーマンスで、画がもつ」という理由で、テレビをはじめとしたメディアの仕事と非常に相性が良かった。
そして、彼のもう一つの大きな特徴として、二世芸能人だということ、つまり両親もミュージシャンであったということである。音楽一家に生まれたKenkenは、幼少期から音楽の英才教育を受けてきたと考えられている。そして一般には、その才能の向かう先がベースという楽器であったとも受け止められている。


それらのエピソードが端的にわかる、非常に面白い動画があるので、そのURLも貼っておく。
https://www.youtube.com/watch?v=3kLQOQzxUJc

 

しかし残念ながら、この動画を見ると、ぼくは前言を撤回するか、もしくは修正することを迫られてしまうことになる。彼は音楽の正規の教育をあまり受けてきたとは言えない。彼のストーリーは、実際には音楽一家に生まれたのだから、きっと英才教育を受けてきた「であろう、という大衆の期待」のよって支えられていることが痛いほどわかる。


彼の演奏をよく見ると、①速いスラップと、②同じポジションでの同音連打、③グリッサンド様の派手なポジション移動 の3つしか行っていない。一方、そのようなパフォーマティブとも言える演奏に比して、彼の使用している「音階そのもの」は実に単調であるばかりか、初等的な音楽教育(小学校、中学校)で習得できるようなものばかりだ。ぼくらは普通、このようなプレイヤーを「正規の音楽教育を受けている」「音楽の教養、素養がある」とはみなさない。代わりに、「お祭り騒ぎ好きな、お調子者」だと考える。

 

ぼくの意見を裏付けるには、もうひとつ動画を見ていただく必要がある。
https://www.youtube.com/watch?v=RROcHKYz47Q

 

RIZEのライブは、まさに彼らがお祭りの真っただ中にいることを強く証明している。少しもメロディを歌えていないボーカルが「おれよりうまくできるやつがいたら、上がってくりゃいいじゃん」と言い放ち、背中を聴衆に預けてダイブする。この光景は音楽のライブというより、まさに、「お金のかかった学園祭」に他ならない。伝統的な意味においての音楽はその姿を完全に潜め、代わりにお調子者が日常を忘れるための祭りを演出して飛び跳ねる。


驚くべきことに、実はこの「上がってくりゃいいじゃん」のボーカリストこそ、あの世界的ギタリストのCharの息子なのである。Charは音楽の伝統を重んじ、歴史をふまえながら技術を磨くことで世界に受け入れられるほどのギタリストになった。ところが、息子JESSEには、少なくともそのような音楽にたいする姿勢は見られない。KenkenとJESSE、どちらにも共通するのは、「上澄みをすくってオイシイ汁を飲み、お祭りに明け暮れるお調子者」の実態である。

 

いま、そのふたりが揃いもそろって大麻取締法違反で逮捕されている。ぼくがこの文章で主張したかったのは、これは伝統的な意味での「音楽と、そのインスピレーションをつなぐ触媒としてのドラッグ」を意味せず、単に「ハイになってお祭り騒ぎしたかっただけ」のものに過ぎなかった、ということである。

彼らは実際に30歳も越え、お調子者で居続けることが難しくなってきた。大麻での逮捕はその「祭りのあと」、「夢のあとさき」を、確かに告げるものだった。