ほぼうさ’s diary

ロジカルオシレーターほぼうさのブログです

当時の熱狂を覚えてるぼくが、ネガティブなことをひたすら書きます

椎名林檎が40歳を迎え、新しいアルバム『三毒史』をリリースした。そのプロモーションの一環で、いま音楽メディアは椎名林檎一色の盛り上がりを見せている。ウェブや雑誌など媒体問わず取り上げられており、インタビューも受けているし、また、非常に驚くべきことだが、youtubeでお笑い芸人を相手にアルバムの解説や、自身のことについてのプライベートな質問などにも答えている。


当のアルバム『三毒史』については、率直に申し上げて「椎名林檎以外の『外野』が、巨額の資金と労力を投入して作り上げた作品」と言うほかないだろう。各曲のレコーディング環境やアレンジ、演奏力やミックス…どれも非の打ち所がないくらい、いい音質に仕上がっている。椎名林檎があまりチャレンジしてこなかった英詞での導入部分などは、わざわざそうしたイメージにマッチするよう、綿密な編曲がなされており、現在の日本のサウンドエンジニアたちが優秀であることを実感する次第だった。


しかし、椎名林檎自身は、この中でなにかしているのだろうか、と思った。確かにコブシのきいた歌謡調のボーカルで攻撃的に歌い上げるメロディは健在だったが、残念ながらデビューアルバム『幸福論』や東京事変の『教育』で見せつけられたあのインパクトには遠く及ばない。むしろ、そのインパクトの不在こそが、前述のとおり華麗なアレンジや高い演奏力など、「頑張っている外野」につい耳を運ばせてしまう。
それにもまして、このアルバムを特徴づけるのは、ゲストボーカルの異様な多さである。13曲中6曲にトータス松本宮本浩次などの有名どころが名を連ね、それが一曲おきに配置されている。これほどのフューチャリングは「おまえJAY-Zエミネムか」と言いたくなるぐらい、ヒップホップアーティスト並みのコラボ感である。ここもまた、ギャランティという巨額の資金投入とともに、ゲストたちの素晴らしい「外野の頑張り」が見いだされる部分である。
ともあれ、往年の椎名林檎ファンにとっては、あの椎名林檎が多彩な男性ゲストたちとコラボすることがまさに夢のようだし、ましてやyoutubeで個人的なことをしゃべったり視聴者に向けて語り掛けてくれる、なんていうのは考えられないことで、気が狂うくらいうれしいはずである。だからぼくは、このアルバムに関する評価は保留するし、緻密に消費者の需要に応えた作品として評価を与えるべきなのだと思う。


だがしかし、ぼくが危惧を覚えずにいられないのは、日本の音楽界がまだ「椎名林檎」という神輿を必要としているという事実そのものにある。『幸福論』のデビューから20年、そして東京事変の『教育』リリースから10年以上が経過した2019年の現代において、ぼくたちは椎名林檎に代わる新しいカリスマを探せずにいるばかりか、積極的にその神輿を担ごうとする者たちに溢れている。


椎名林檎はまぎれもなく、カリスマだった。カリスマは消費者に決して媚を売らず、テレビのインタビューにもめったに答えなかった。激しい楽曲にもかかわらず、敢えて淡泊で一切動かないライブパフォーマンスをしていたのはファンならば常識であった。だから繰り返し言えば、彼女は媒体問わずインタビューも受けて、youtubeで和やかにお笑い芸人と話すようなアーティストではなかったのだ。


むしろ、こう言ってもよいかもしれない。椎名林檎は既存の女性ボーカルの価値観を破壊し、東京事変はバンドのあり方を根底から覆した。その意味でカリスマであり、革命者であった。しかし今の彼女は、既存の音楽界で安定して一定の地位を築いたエスタブリッシュメントトータス松本などの「ビッグネーム」)とともに戯れ、既存のシステムの中で効率的に利益を獲得するアーティストになってしまった。椎名林檎は、東京事変で「無名だが実力のあるスタジオミュージシャン達」をバンドメンバーに加え、前面にプッシュしてきた人まさにその人である。もし仮に10、20年前だったら、彼女はゲストボーカルに「無名だが、音楽界の常識をひっくり返すような新人」を起用していたに違いない。


『幸福論』から東京事変を経て、ふたたびソロアーティストになった椎名林檎は、いま担がれる神輿となって、保守的な消費者たちにいいようにカモにされている。にもかかわらず、音楽界はいま彼女を最も必要としていて、関係者はその神輿を下すことができない。当時の熱狂を覚えているぼくとしては、端的に、この事実がとても悲しい。