ほぼうさ’s diary

ロジカルオシレーターほぼうさのブログです

エンジェルズ・クライ

ANGRAの元ボーカル、アンドレ・マトスの訃報を聞いた。まだ若かったと思うので相当驚いている。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190610-00000088-bark-musi


ANGRAはブラジルのメタルバンドで、1994年にデビューしている。当時、日本のヘヴィメタルはかなり元気がなくなっていた頃だったが、それはチェーンとかよくわからない金属をジャラジャラつけて徘徊する「ファッションメタル」が衰退したという話である。そのような頭の悪い連中が去った頃の90年代、意外にもヘヴィメタルは高学歴層や都会の若者など、インテリ層を中心にウケていた。彼らはメタルをより音楽的に解釈しており、メタルが秘める音楽としての可能性を素朴に信じていた。むろん、今よりは遥かに熱心なファンが多かった時代である。
日本ではエックスジャパンが大成功したこともあり、彼らの哀愁のある(そして速い)メタルサウンドは両手を挙げて歓迎された。エックスとはだいぶサウンドの感触が違うものの、目指している方向はそれなりに似ていた。速い、激しい、そして哀愁、の3拍子揃ったメタルを業界では「メロスピ(メロディック・スピードメタル)」というらしいが、とにかく、エックスもANGRAもその「メロスピ」だった。だから日本では受容された。
ANGRAはエックスに比べると圧倒的にテクニカルであった。例えばエックスのhideのギターソロは、実はギターはじめて1年くらいの若造でもコピーしようと思えばできるが、ANGRAキコ・ルーレイロのギターソロはその程度の練習量では絶対に弾けない。大人になっても弾けない人がほとんど、というくらい難しかった。そして、何よりボーカルである。エックスのトシは声が細く、初期はダミ声で汚い。後期も声が出なくなったりして心配になる有様だった。それに比べると、ANGRAアンドレ・マトスの歌はトシが歌っている音域よりもはるかに高いうえ、非常に安定していた。だから、ANGRAはエックスよりもディープでありつつ、テクニック的にはエックスをはるかに凌駕するマニア受けバンド、という位置づけだったのだ。
当時高校生だったぼくも、エックスジャパンに感染したあと、例にもれずANGRAにハマった。三作目『Fireworks』のリリース時に日本ツアーが組まれ、名古屋のライブハウスに見に行ったこともある。しかし、アンドレ・マトスはこのアルバムをきっかけにANGRAを脱退してしまった。理由はよくわからなかったが、「自分のほんとうにやりたいバンドがしたい」みたいなことだったと記憶している。その後、アンドレ・マトスはシャーマンというバンドを結成した。他方、ANGRAにはエドゥ・ファラスキという、アンドレ・マトスよりも超人的なS級妖怪ボーカルが入り、バンドとしての絶頂期を迎えた。
ANGRAが絶頂期を迎えた頃、ぼくは大学生だったが、『Rebirth』『Temple of Shadows』も聴いた。それらはたしかに素晴らしいアルバムだったが、何かが決定的に違っていた。その違和感とともに、ぼくはその成功を一歩引いた場所から、複雑な心境で眺めていた。絶頂期には初期ANGRAを上回るパワーとテクニックが詰まっているものの、しかしアンドレ・マトスが与えていた「哀愁」が欠落していたのだ。気づけばいつしか、「速い、激しい、哀愁」が「テクい、速い、激しい」の3拍子にすり替わっていたのだった。


アンドレ・マトスの新しいバンド「シャーマン」は全然聞いていなかったが、ANGRAもその後は下降線をたどり、結局どちらもあまり聴かなくなってしまった。この傾向はぼくだけでなく、実際、時代の流れと共鳴していた。2000年代中盤だったが、日本のバンドマンはこの頃から急激に、驚くくらい「テクいこと」をしなくなったし、「哀愁」も嘲笑するようになった。時代の空気が、そうした音楽を「ダサい」とあざ笑うようになったのだ。
それから10年ほど経つが、ぼくはやはり日本の音楽が選んだ道は良くなかったと切に感じている。自分の技術のなさや作曲能力のなさを、「それって音楽に必要?ダサいしいらなくね?」と言って誤魔化し、それよりも簡単にできることばかりやって浮かれてただけなんだと思う。ぼくは今、日本の音楽が苦境に陥っているさまを見て、アンドレ・マトスのやりたかったことも、キコ・ルーレイロのやろうとしていることも、それなりに理解できるようになった。つまり、音楽にとって「テク」と「哀愁」は絶対に切り捨ててはいけないものだったし、そのふたつからダサいを言い訳にして逃げてはいけなかったのだ。少なくとも彼らは、そのことに真剣に向き合っていた。


ぼくは高校生の頃、ANGRAのデビューシングル『Angel's Cry』の名前を借りて、エンジェルズクライというオリジナルのヘヴィメタルバンドを組んでいたことがある。それくらい愛していたバンドだった。アンドレ・マトスの訃報を聞くのはとても辛いことだが、まだ彼のスピリットは自分の中に生きているし、大切にしていかなければならないと感じている。あらためて、ご冥福をお祈りする。